王は民を護る存在ではなかったの?
私腹を肥やす貴族達を一人殺すのに、一体何人の命を費やすの?
あの子の父親はこの間の戦で死んだ。
あの人の母親は、高騰する物価に小麦粉も買えなくて栄養失調で倒れた。
戦争は嫌い。
戦争をする王も嫌い。
昔は、王様の家来になって、国のやり方を変えたらいいと思っていたけれど、女の身では宮廷に入ることさえできないことを私はもう知っている。
どうしたらいい?
どうしたら!
兵士になって、みんなを護ることはできない。
癒しの技じゃ、飢えを満たすことはできない。
ただ、見送るだけ。
そして私は、力を望んだ。
世界を変える力を。
正直、茶家には先を越されたと思った。
だけど——彼らでは、だめだ。
そして混乱の様子を見にでた街のなかで一人の青年と出会った。
――囚われた二人の友を助けたいんだと、彼は言った。
どうか手を貸してほしいと、憎むべき王家の人間だった彼は言った。
皮肉だ、と思った。
でも、心のどこかでは気づいていた。
私は、運命に出会ったのだと。
シュウレイの家、そしてレジスタンスのアジト。蝋燭の灯りだけが頼りの薄暗い部屋で、シュウレイは腕を組んだ。
「ちょっと都合よすぎるんじゃないの――って言いたいところだけど、どう思う、セイラン?」
そう言って彼女は後ろの二人を振り返った。
「私はお嬢様のご意思に従います」
静かな返事だった。セイランと呼ばれた男の顔はやや俯きがちだが、非常に整っているのがリュウキの位置からでもわかる。
「エンセイは?」
「んー、俺も姫さんの好きなようにしたらいいと思うけど、まあ付き合ってやるのも面白いんじゃん?」
そう言ってもう一人の髭の男はにかりと笑う。
「姫さんは絶対俺が護るし」
それを聞いた美青年のほうが、カッと血気立った。
「お嬢様は私が護る!お前はいらん!」
あまりの人の変わりようにリュウキは目を丸くする。
「あーはいはい、二人でがんばろーな」
「ちょっと二人とも、遠足じゃないのよ!」
二人のやり取りを見ていたシュウレイは渋面を深める。髭男は悪い悪いとそれでも笑い、美青年のほうはしゅんと項垂れた。
呆気にとられているリュウキにシュウレイはため息混じりに向き直った。
「まあ確かに王家に代わってこのまま茶家が立っても、世の中が良くなるとは思えない。でもね、あんたに協力して、事が済んだらはい御用、なんて冗談じゃないのよ」
リュウキは慌てて手を振る。
「わ、私はそんなつもりじゃ」
「証文でも書いてくれるの?」
どこか揶揄の滲むその言葉に、しかしリュウキは大きく首を縦に振った。
「書く、何でも書こう! 父は死んだ。これからはシュウレイ達の好きにしたらいい。余は何もいらぬ。ただ、二人の友を取り戻したいのだ・・・」
形振り構わないその必死な様子に、今度はシュウレイが息を呑んだ。しばしの沈黙ののち、また、後ろの二人を振り返る。
「二人とも、聞いたわね」
「はい」
「確かに」
「じゃあ、リュウキ」
名を呼ばれ、リュウキはそっと顔を上げた。そこにはシュウレイの精一杯顰められた顔がある。
「……はい」
「しょうがないから、私たちの力を貸してあげるわよ。いい?この貸しは高くつくからね」
「ああ……」
リュウキの目頭が熱くなる。彼女の本当に顰められた顔の、しかし、その眼差しが何とも優しいことに気づいた。
「忘れないで――あなたが、王になりなさい」
そして紡がれた言葉に、思わず目を見開いた。皆は王家を倒すために集ったのではないのか。それなのにどうして――と言いたくても言葉がうまく出てこない。
「しょうがねえよなあ。姫さん別に王様になりたいわけじゃないもんなあ」
彼女の背後からのんびりとした声がした。
その肩越しに声の主を覗くと、やはり彼は笑っていた。
「困ってるやつ、見捨てて置けないだけだもんな!」
気がつくと、壁に背を預けていたセイランという名の男もまた、穏やかな表情を浮かべている。意外にも、彼はシュウレイだけを見て微笑んでいるのではなかった。与えられた温かな眼差し、それを受けてリュウキは何故かさらに泣きたくなる。
こぼれそうになる涙を瞬きで払って、リュウキもまた、笑った。
「みんな、よろしく頼む」
――そして、一枚の地図を皆で囲んでいる。
元々レジスタンスが所有していた城の見取り図に、さらにリュウキが衛兵の配置、人目に着きづらい抜け道等を書き込んだものである。その夜間の警備にも渡る情報に精通しているリュウキを見て、シュウレイは感心した。
「へぇ、あなたただのおぼっちゃまだと思ったけど、そんなことなかったのね」
「いや、ま、まあな」
ここまで調べたのは城を出奔する時のためだった――見事それが役に立ってリュウキはいま此処にいるわけなのだが、しかし、同時に彼は大事な者も失ってしまった。リュウキは曖昧に言葉を濁すと、そのシュウレイの視線を振り切るために、地図の一カ所を指差した。
「ここから攻めよう」
そこは宮城の騎士団宿舎がある外廓よりもさらに内側、というよりも北側で市街地から最も遠きに位置する、一棟の社だった。
「ここは王都の封魔の社だ。あらゆる魔術がうまく使えなくなるから、能力者を捕えておくのにも使う。コウユウはきっと、ここにいる」
「シュウエイさんのほうを先に助けるんじゃないの?」
騎士団を解放した方が戦力になってくれるでしょう、とアジトの暗がりの中でシュウレイは眉を寄せる。しかしリュウキは大きく首を振った。
「いや、コウユウだ」
「シュウエイ殿を先にすると、騎士団解放の騒ぎの隙に人質に取られるかもしれないからですか」
卓の上に広げられた地図を見つめながらセイランが問う。しかしそれにもリュウキは頷かない。
「まあ、確かにそれもある。だが――」
そしてリュウキは、確信に満ちた――というよりも彼に珍しく物騒な光を湛えた瞳で、皆を見上げた。
「コウユウが無事なら、シュウエイも直ぐに助け出せる」