――雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け――
霧も晴れきらないような早朝の清冽な空気を、轟音とともに閃光が切り裂い
た。芝生の地面が無情にもえぐられ、茶州兵達が冗談のように吹っ飛んでい
く。
「うっぎゃあああああ!!!」
一番近くから聴こえた悲鳴は、しかし、その腕の中の少女のものだった。
「・・・っの王子サマこういうことかよ!!おい姫さん、大丈夫かっ!?」
恐慌状態に陥ったシュウレイを小脇に抱えながらエンセイは粉塵の中を駆け抜ける。
エンセイはシュウレイの心根の強さを愛し、尊崇さえしていたが、何故か彼女は雷に関しては滅法弱かった。だが、心配こそすれ、歩みさえ覚束無くなる彼女を重荷に思うことはない。
「おいエンセイこっちだ!!」
先行するセイランが二人を促す。その背後で強い光がまた放たれた。
『サンダーブレード!』
先程から聴こえる詠唱は、牢を出たばかりのリ・コウユウのもの。十日も幽閉されていたわりに元気な彼は、それまでの鬱憤を晴らすがごとく、自分達の先頭を駆けながら魔法を詠唱し続けている。「2週間休みなしで仕事をしていたことに比べれば、むしろ休暇を得た思いだ」
現在リュウキ達は北の地下牢を抜け、隔てる城壁があと一枚というところまで迫った騎士団宿舎を目指していた。白昼堂々、文字通り「まっすぐ」と。
「もういやあああああ!!」
まるきり使い物にならなくなってしまった我らがリーダーを抱え直しながら、エンセイは力なく笑った。
(しっかし、すげえわ)
間断なく紡がれる呪文、そして押し寄せる茶州兵を薙ぎ払い、建物を含めたその周囲を粉砕するその破壊力。エンセイも魔法には覚えがあるが、使える種類は少なく、大勢を相手にする気は到底起きない。
(王子様の助けもあるだろうけど)
魔法攻撃を連発するコウユウの隣で、リュウキは反対に援護に徹していた。彼の魔法特性は防御関連のものが多いらしく、弓矢の攻撃はすべて彼の創り出す光の盾で阻んでいる。そして歩兵達がコウユウに辿り着く頃には、次の呪文が完成しているのだ。まさに千切っては投げ、の形容相応しく破竹の勢いだっ
た。
おかげでエンセイにはすることがない。もちろん、セイランにもだ。
(まあ、あの人を助け出すまでが骨だったわけだからな)
宮城の北の再奥にある社を目指すには慎重に慎重を重ねた。それにエンセイは苦心したわけだが、しかし、それを許した茶州兵もお粗末だというのは置いておく。次に来る難に備えなければならない。
コウユウである。
いくら優秀な魔術師であるとはいえ、そろそろ精神力の限界のはずだった。
ふいに、セイランがあらぬ方向に視線をやる。エンセイもそちらを見た。が、今だ土埃が辺りを取り巻き視界は利かない。
「何かくる、しかも大人数だ」
時間を考えても、茶家の本営が対策を講じてくるのに不自然はない。
甲冑の触れあう音を立てながら、地鳴りのような足音が近づいてくる。これまでの敵とは比べ物にならないくらいの数である予想はつく。エンセイは棍を握り直し、セイランも背負った弓をそちらに構えた。
リュウキとコウユウもそれに気づいたのだろう、しばらくじっとしていたが、再びコウユウが詠唱を始める。
その時、空気中の魔力が震えるのをエンセイは感じた。
――天光満つる処我はあり――
「これは!」
「うわ、なんだこれセイラン!?髭がビリビリするぜ!」
「秘術よ!」
いつの間にか正気を取り戻したのか、シュウレイがコウユウを凝視している。
「秘術?」
しかし、その表情は蒼いままだった。
「私だって使えない!っていうか使える人がいるなんて!」
「悪い姫さん、全然わかんねえ」
そこにセイランのフォローが入る。
「特に素質のあるものにしか制御できない最上級魔法だ!術者の消耗も激しいが、下手をしたらこの城が半壊する」
「あらま」
――黄泉の門開く処汝あり――
呆気にとられる彼らが見つめる中、コウユウの詠唱は続く。
「これでけりをつけるつもりなんだろう」
「俺たちまだ騎士団の解放しにいくんだろ!」
「コウユウ殿が限界、ということだ!」
「いいいいいやああああああ!!」
何か感じ取ったのか、シュウレイが再び震え始める。
――出でよ、神の雷――
そして、視えない魔力がコウユウを中心に収束していく。
――消えろ!――
『インディグネ――
「待ったーー!!」
呪文が放たれるその寸前、粉塵の向こうから一人、飛び出してくる影があっ
た。
とっさにセイランが弦を引き絞るが、射るよりもリュウキが声を発するほうが早かった。
「シュウエイ!!」
そしてコウユウの詠唱がキャンセルされると、周囲の緊張が一気に解ける。現れた男は目にも鮮やかな藍色の外套を翻しながらリュウキとコウユウに駆け寄り、躊躇わず二人を両腕に抱きしめた。
——嬉しそうなリュウキの顔を見れば疑うのも馬鹿馬鹿しいと思わせるこの男こそ、コウユウと並ぶリュウキ王子の第一の友人にして、彼の忠実なる騎士、ラン・シュウエイそのひとだった。

「とりあえず最初の目的は達成されたけど?」
エンセイが切り出した。
中庭の片隅、城壁の陰にリュウキ達は自己紹介をすませた後、額を突き合わせている。
今この場にいるのは、リュウキとシュウレイに、エンセイとセイラン。先程混乱に乗じて合流したシュウエイにその部下百人ほど――コウユウがわざと派手な魔法ばかり使っていたのはこのためだったのだ――。一緒に潜入したレジスタンスのメンバーも城内にいるはずだが、姿は見えない。コウユウはその場にはいたが、精神力の酷使で完全にのびてしまっており、木陰で休んでいる。
リュウキに向かってシュウエイが膝を折った。
「騎士団の多くは、二大将軍が人質にとられているせいで動けませんが、ここにいる者達は特に私が信をおいている者ばかりです。殿下、もし貴方が望むのなら、奮迅の働きをご覧に入れましょう」
このまま本宮に上がり、茶家から城を取り戻すのなら、と。シュウエイの表情は一見にこやかだが、その瞳の奥に獰猛な色が滲むのをリュウキは気づいている。軟禁生活に溜まった鬱憤を晴らしたいのかも知れないし、王家に仕える騎士として義憤にかられているのかも知れない。
リュウキは首を振った。
「いや、シュウレイたちにはコウユウとシュウエイだけを助けたいと言ったのだ。これ以上彼らを危険には晒せない。ここは一先ず脱出しよう」
「・・・御意」
部下の前もあるのだろう、記憶にある彼よりもやや格式張って頭を垂れたシュウエイに、リュウキは言った。
「――シュウエイ、城を追い出された王子など見限ってくれても構わないのだぞ」
試すつもりなどなかった。それがリュウキの気持ちだった。しかしその言葉
に、今度はシュウエイが綻ぶように笑った。
「私は、貴方以外に剣を捧げたことはないし、貴方以外に捧げるつもりもありません。――私の方からもお訊きしてしてよろしいですか。これからもお供させていただいても構わないかと」
「シュウエイ――もちろんだ!」
ぱっとリュウキの表情が明るくなる。そして立ち上がったシュウエイが悪戯っぽく片目をつむった。
「ちなみに、コウユウに同じことを訊くのはやめておいた方が賢明ですから
ね。”雷”が落ちますよ」
「ああ」
そうして、騎士は今度はシュウレイ達に向き直り、再び頭を垂れた。
「リュウキ殿下がお世話になっただけでなく、私とコウユウをお助け戴いたこと、心より感謝申し上げます」
「いえ、そんな・・・」
主従の再会を見守っていたシュウレイは急に話を振られて焦った。貸しがあるとはいえ王国の騎士である彼と本来、自分たちは敵同士であるはずだった。
言葉を詰まらせたシュウレイの代わりにセイランが口を開く。
「これから皆さんはどうされるのですか」
そして視線がリュウキに集まる。
リュウキは何か決意したように、顔を上げた。
「七州侯に会いに行く。いや、茶州候は今この城にいるから六州候だな。彼らに会いに行って助力を乞おうと思う」
「六州候に?」
シュウエイが不思議そうに聞き返す。リュウキはその意図を酌んでうなずい
た。
「この面子でも、この城を奪還するのは確かにできないことではないと思う。だが、こちらの被害も甚大になるだろう。茶家を倒して後に何も残らなかったら意味がない。幸いにして母や兄達は無事なようだし、いったん退こう――そして侯爵達に王と認められた上で必ず戻ってくる」
最後の一言にシュウエイは目を見張った。彼の知る王子からは考えられない言葉だった。しかしそれは、シュウエイとコウユウがずっと望んでいた未来でもあった。――この十日間という短い別離の間に、リュウキにどんな変化が訪れたのであろう。
シュウエイはリュウキの傍らに立つ少女を見て微笑んだ。彼女のおかげに違いなかった。
腰の剣を鞘から抜き、足下に突き立てる。そして再び膝をついた。
「ただ一人の王へ、変わらぬ忠誠をお誓い申し上げる」

それでは城から出よう、という段になってリュウキがシュウレイを呼び止め
た。
「なに?」
「今回のことは本当に感謝している。言葉では言い尽くせないくらいだ」
シュウレイはにっこりと笑った。
「いいのよそんなの。約束を守ってくれれば」
リュウキは若干頬を染めながら、たどたどしく言葉を続けた。
「そのことなのだが・・・」
「?」
「これからの旅にシュウレイも一緒に来てくれないだろうか」
シュウレイはあんぐりと口を開けた。「はあ?」
「シュウレイが私に王になれと行ったのだぞっ。ならば責任もって最後まで見届けてくれてもいいだろう!」
「あなたどれだけ私に貸しをつくるつもりなの!?」
リュウキのよくわからない理屈にシュウレイが思わず非難の声を上げると、背後からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、笑顔のシュウエイと持ち直した仏頂面のコウユウが立っていた。
「いや、シュウレイ殿は私達を助けてくださっただけでなく、春まで持ち込んでくれたようだ」
「え?」
「私からもお願いしたい。無理にとはいえないが」
端正な顔に真摯な声で請われると、とっさにシュウレイも断れない。そこに、それまで滅多に口を開かなかったコウユウまで割って入った。
「お前は魔法の素質がある。その気があるなら俺が指南してやってもいい」
「ええ?!」
思っても見ない申し出にシュウレイは揺れた。魔法の腕が上がればよりたくさんの人々を助けられるだろう。それならば旅に同行する意味もある――思わず、エンセイとセイランを見た。
二人はただ、優しい目でシュウレイを見ている。――彼らはいつだってシュウレイの意思を尊重してくれた。そしてきっと今度も。
「セイラン、エンセイ。・・・付いてきてくれる?」
二人は破顔した。
「もちろん」
「決まりだな!」
シュウレイは自分には一刀両断したのに、コウユウの申し出には頷いたという事実に複雑な思いを抱きつつも、リュウキは自分を励ましながら声を上げた。

「ではみんな、これからもよろしく頼む。まず最初に目指すのは黄州だ!」

 

 

国の平穏を願っていた少女は、ひょんな出会いから王国の命運を握る旅に同行することになる。
寂しがりやの青年は、多くの出会いと試練を経て、その先に何を得るのか。

――これが、後に賢王と謳われるリュウキの冒険譚のほんのはじまりである。

 

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