藍の家に生まれたときから自分は“特別な人間”だった。
その血に相応しい(らしい)英才教育を受けて育った。
食べ物に困ったこともない。
大きな病気もしたことがない。
今この地球上に、そんな人間がどれほど居ることだろう。
そのかわりに、自分の未来は決められていた。
――人類の希望になれと。
曖昧な言葉。しかし、そうなれなければ自分の存在価値は地に堕ちるだろうことを
楸瑛は知っている。
結局、そのような大人になれたのかどうかは判らない。ただ、これまで与えられ、
積み重ねてきたものが今の自分の背を押すままに、人生を歩んでいる。
振り返ることなど許されないのだ。
いま、何十億もの人間の上に楸瑛は立っている。
何十億もの飢餓の上に。
何十億もの悲願の上に。
どんなに働いても、どんなに成果を出しても、
おのれの立っている場所を自覚するのは、何よりも苦痛だった。
だから楸瑛は、いつも昊を見上げた。
EX.脱走兵と迷子―― Encounter with his fate.
その時も空を見上げながら歩いていたのだ。
そうしたら、彼に出会った。
女友達と仲良くするのは楽しかったが、でも時々彼女らが寄ってくることにも厭くことがあった。その日もそのような気分になって、一人になりたいと大学の敷地内の外れを目的もなく歩いていた。
大学も山の斜面に建っているため、研究棟群から少し歩けば、すぐに森の中だ。地
球規模で降水量が増え、気温も上がっているせいか木々はよく茂っている。息を深く
吸い込めば、どこからか花の香りもした気がした。
その日は緑のフレームに切り取られた雲ひとつない快晴。楸瑛の一番好きな空だった。
どす。
上ばかり見上げていたせいか、何かに躓いた。
木の根ではない。
そして何やら柔らかい。
ぎょっとして楸瑛が飛び退くと、そこには一人の少年が倒れていた。
白衣を着ているため、すぐに大学の人間だとわかる。首からネームカードが下がっ
ており、そこに引かれた虹色のラインは、楸瑛と同種の人間であることを示していた。
(うわ、ひと蹴っちゃった)
「きみ、ちょっと、大丈夫?」
恐る恐る肩をゆすってみても反応がない。顔色が悪い。触れた白衣の肩は少し湿っ
ていて、長時間この山の中にいた可能性を示していた。
「ねえ、り、こうゆうくん?」
ネームカードに印字された名前を呼びながら、今度は頬をぺたぺたと叩く。冷たい
頬だった。
医療スタッフを呼んだほうがいいかもしれない――そう思って楸瑛が立ち上がり、
ポケットから携帯端末を取り出した時、ようやく少年の手が何かを探るように動いた。
「う……」
楸瑛は再び少年の傍へ屈みこんだ。
少年はのろのろと起き上がる。そして眩しそうに楸瑛を見上げた。
「大丈夫かい?」
「…あ、えっと、はい」
どこか困惑した表情で、しかし頷いてみせる。
「こんなところで何をしてるの?」
「……」
楸瑛が尋ねると少年は――といっても楸瑛とそんなに齢が離れているようには見え
ないが――黙りこんでしまった。やはりまだ具合が悪いのかもしれない。それともこ
んなところで倒れているなんて、何か事件に巻き込まれたのか。
「――ぅ」
だが、どこか気まずそうに視線を彷徨わせながら、少年は口を開いた。……しかし
聞き取れない。
「え?」
「第二、実験棟は、」
第二実験棟?
「あれだよね」
楸瑛は指差した。地上10階建ての建物はその場所からでもすぐに見つけることが出
来る。
「うそだ…」
少年は驚愕したような面持ちでかの建物を凝視している。
「え?あれがどうかした」
「あんなところに在るなんて…」
「ん?この大学で一番分かりやすい所にあると思うけど」
そう言うと、少年はキッ、と楸瑛を振り向いた。その顔には悔しさと焦りとがない
まぜになっているように見えた。
「先週この大学に来たばかりなんだ!」
楸瑛は何となく納得した。何故こんなところに彼がいたのか。
「きみ、もしかして――」
「迷ってなどいない!」
「……」
「……」
なんとも言えない沈黙が辺りを包んだ。しかしここは先輩として紳士に対応するべ
きなんだろう。そう楸瑛は思って手を差し伸べた。
「……とりあえず、歩ける?」
「…………ああ」
そして彼は楸瑛の手をとって立ち上がる。
「えっと、実験棟に案内すればいいのかな?」
少年は白衣に着いた土や葉を落としながら、少しの間を以て口を開いた。
「いや、迷惑でなければ……」
「なんだい。いいよ」
「食堂か売店に行きたい。……昨日の朝から何も食べてないんだ」
――放っておいたらいつか彼は餓死するかも知れない。そう思ったね。
後に、李絳攸と仕事においてパートナーシップを組むことになる藍楸瑛はそう述懐
したという。
空ばかり眺めていた青年は、やがて時々、地上を探すようになった。
天上ではなく、足元でなく、とおくない未来に隣を歩いてくれるその人を。
楸瑛、二十歳の春。
そろそろ年表が必要になってきた気がします。
下にノートで出してた乗り物の名前などの設定のおしゃべりをほとんどそのまま載せてみます。お暇でしたらどうぞ。
『なんか登場人物たちが機械のことをちゃん付けで呼んでたら可愛いナーという管理人の欲から生まれたのが<スミレ>ちゃんでした。
まあそれの妄想の上乗せです。
ちなみに<スミレ>ちゃんはふつーの機械です。
どうでもいい設定たち。それぞれの名前編
第一等宙域空母艦<彩雲>搭載システム<スミレ>
Validated and Integrated Operation system とか?(いい加減だなあ)
愛称:VIO(let)でスミレ
の派生で、各分野にひとつづつ、それを統制するスーパー(マザー)コンピュータには色にちなんだ愛称が付いている。
他に
月のプラントシステム統制コンピュータが<ヤマブキ>。
ヤマブキ自体が愛称だが、ぶっきーなどとも呼ばれる。それが、ヤマブキからきているのか、黎深の後任の仮面研究員黄奇人からきているのかは、誰も明確にしない。
レーザー砲搭載重量級艦<ノワール>の搭載コンピュータが<ホシカゲ>、
<ブラン>が<アサギリ>。
ちなみに何故この二機の名称がフランス語なのかというと、黒い方(というか書いてる人間)が「ブラック」と付けるのを嫌がったから。
まだ出てきてないが、
探査機<エヴァ・グリーン>は<アオヤギ>。
十二年前に機体とともに破損・機能停止。
とりあえずこのくらいで。
余談ですが、船の名前でローマ字表示されるのと、カタカナ・漢字表示されるのがありますが、
ローマ字表示されるのは、船の形態(モデル)に付けられる名前です。楸瑛の乗る<Azure>は、部下も同じ<Azure>モデルに乗っています。なので数字で区別します。
カタカナ・漢字の名称は、オンリーワン、あるいはそれ一個の役割が非常に大きいものに付けられた固有名詞のようなものです。
力関係でいえば
彩雲>エヴァ>ノワール>Azure こんな感じ。 』