2.Monster
情報通り、ターゲットは三体。トラップとして置いた起爆装置がうまくはたらいて、どれも腐食現象が進んでいる。
後は、とどめを差すだけだ。離れた距離からミサイル弾を撃ち込めば事足りるだろうと、楸瑛は判断した。
「Az-1より通達。2は私と個体A、3、4、5は個体B、残りはC。それぞれ500メートルの距離を保って確実に仕留める。今回は獲物がでかいから、後爆発の規模も予想できない。タイミングを合わせて一気に離脱するぞ」
『――イエッサー』
マスクに籠る声で部下らに向かって命令を下すと、次々に了解の返事が返ってくる。
そして、今ではもう視認できるほど近づいた『妖』を睨みつけた。
(この、ばけへび)
化蛇(かだ、だ)という妖怪がいた筈だ。その呼び名が相応しいと楸瑛は思った。
Lock on ...
モニタには自動で照準が合わされている。
楸瑛は操縦桿に付けられたスイッチに指を掛けた――
Fire!!
研究所が保有する警衛部所属の護衛艦――重量級である<ノワール>と<ブラ
ン>から楸瑛が駆る単座戦闘機まで、それらに搭載される兵器は二種類である。言い換えれば、二種類「しかない」。
ひとつは、<ノワール>のレーザーのように、純粋に標的を破壊するための兵器である。これは艦によって様々で、<Azure>には近距離戦に相応しい連続発弾が可能な機関砲式が採用されている。
そしてもうひとつが、液体酸素をその弾頭に込めたミサイル弾である。こちらは規模の大小こそあれど、基本的にどの艦にも装備されている。
本来、宇宙船やミサイルの推進力として用いられる酸素そのものを使用することは、宇宙生物それ自体の性質に由来した。
目の前の標的――翼の生えた太った蛇はその巨体の一部を失いながらも蠢動している。それでも、じわりじわりと裂傷部分から分解が始っているのが肉眼で確認でき
た。
――彼らの外皮は非常に硬く、内面は酸素に弱い。
その原因は未だに解明されない。その成体構造が地球上の生物とは異なり、体組織が特殊な金属を多量に含んでいるために酸素に触れると酸化、そして腐食分解するというのが現在の定説である。
研究がなかなか進まないのは、それが原因でもある。また、死亡した時には全体が急激に分子レベルまで分解されるため、体積が一気に何十倍も膨れ上がり、小爆発に似た現象が起こる。
今回のようなターゲットが大きい場合は、遠距離からの攻撃も可能だったが、相手が小さく動きが速い場合はそういう訳にもいかず、楸瑛たちの出番となる。当然接近戦になり、撃破後は即座に離脱せねばならないのだから、サンプルの採集も困難だった。
そして、今回も例に漏れない。
一斉に撃ち出されたミサイルが、ガスの軌道を残しながら、ターゲットへ向かってい
く。
楸瑛はその行方を確かめることなく、握っていた操縦桿を思い切り引き倒した。
「<Azure>隊、退避!」
誘導性あってこそのミサイルである。たとえパイロットが操作できなくとも、
<Vision>がうまくやっているはずだった。
案の定、モニターの一つに無事『妖』が消滅してゆく映像が流れる。現場に残った無人機の撮影だろう。
酸素弾それ自体には本来兵器として期待される殺傷能力は殆どないため、その課程は視覚的には極めて穏やかなものである。まるで宇宙の漆黒にその異容が溶けてゆくようだと、楸瑛は思う。
『ターゲット三体の死亡および消滅を確認。現確認状況において味方被害なし』
<Vision>から音声が入る。
『これより、<彩雲>への帰還ルートのナビゲーションを設定した後、<Vision>モードは終了します。――全パイロットの無事に祝福を。御苦労様でした』
そして、機内に静寂が戻った。後は特にすることもない。マスクを外し、シートに身体を預ける。
「君の出番はなかったね」
返事を期待するものではない、独り言のつもりだった。
だが、モニターに文字が走る。
『や か ま し い』
それを見て、楸瑛は噴き出した。
我らが研究所の頭脳、防衛の要は、どうやら予想以上に暇だったらしい。
<彩雲>に戻ったら生の声が聴きたいと、そう思った。
<彩雲>管制室の片隅。紅黎深は、感情の無い眼で息子を見下ろした。
その絳攸は微動だにしない。データ処理に専念させていた脳を、日常生活に復帰させるためのクーリングを施している最中である。
<Vision>発動中は、最低限度の生命維持機能を残し、五官機能は故意的に麻痺させ外的刺激を一切排除している。だがそうすると、自律神経系に異常をきたすことがあるため、バイタルサインのチェックも黎深の役目だった。
――少し血圧が上がっているが、予想範囲内だ。
傍目に絳攸は、回線コードや視界と聴覚を覆うヘッドギアによって椅子に縛り付けられているように見える。
(愚かな)
黎深は独りごちる。
今日の状況であれば、<Vision>を発動するまでもないことは、事前に予測できたことだ。
10分間の戦闘で、1時間のアフターフォローが必要だなど、非効率極まりない。
勿論、黎深のほうが絳攸よりも階級が上であり、止めることはできた。だが今までの教育方針そのままに、絳攸本人が望んでいることを、黎深は止めるつもりなどない。
(それが、お前の――)
黎深にとって、地球の海面が上昇して陸地が100年前の3分の2になろうと、そのせいで世界規模の難民が発生しようと、いかに餓死者が増えようと、どうでもいい。
愛する人たちだけを護れればそれでよかった。そして月にはその準備がある。
しかし、その息子も、自らの望みのためだけに此処にいるのだと知る者は一体どれだけであろうか。
絳攸の怒りっぽい性格は、自分の思考をうまく言葉や表情で出力できないもどかしさの裏返しでもある。
人格を排して、有機演算機と化す<Vision>というプログラムは実は、それ自身が絳攸という人間のジレンマをよく表していたのだった。
そして<Vision>という理由を得た絳攸は貪欲に宇宙を目指す。それは決して人類の未来のためなどではないと、黎深は気付いている。
――遠い過去に言われた言葉を思い出す。
『人類の一番の敵は、きみたちだったりしてね』
(世界の行く末など、どうでもいい。だろう?)
現在の黎深の役目は、<スミレ>および全コンピュータの監視である。
だが、異常事態など滅多に起こるものでもない。起こったとしても、黎深以外のスタッフも優秀な者たちが揃っている。
だから、彼の仕事は一つだけだと、思っている。
管制室の黎深以外のクルー全員が、送られてくる『妖』の映像に釘付けになっている中――眠ったままの絳攸を見やった。
(いざという時は、お前と<スミレ>を繋ぐコードを引き抜いてやる。それだけだ)