2008年サイト開始から10月中旬までのノートのネタログ
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双花大学生パロ(BL)
劉輝公子のはなし
琥珀後~新刊までの絳攸の進退問題妄想

診療台上の貴公子

「楸瑛、明日の午後はヒマか?」
「いや、ごめん。明日は歯医者なんだ…」
楸瑛が溜め息をつきながら、机の上を示してみせる。そこには。
――売店で売っている冷たい蕎麦に蒸しパン、そしてヨーグルト・・・どれもほとんど噛まなくていいものである。
「虫歯か?日頃の不摂生がたたったな」
それを横目に絳攸は持参の弁当からハンバーグをつまんで口に入れた。
此処は彼らの大学の一教室。現在昼休みで、他には誰もいない。
二人は座席の前後に陣取り、前に座った絳攸が後ろを向くかたちで向かい合って
いた。
「その通りだけど・・・。で、何?大事な用?」
「いや、大した用じゃない。来週の発表用のレジュメをそろそろ作りたいと思ったんだが・・・」
ああ、と楸瑛が頷く。
「それなら明後日にしよう。どうせ君、一日中大学(ここ)にいるんだろ?」
「・・・・・・」
絳攸はどうせ、という言葉に引っかかったが実際そのとおりだったので、憮然として無言を返事とした。

はあ、と楸瑛が遠い目をする。
「どうした」
「いや、歯医者に行くのに気が重くてね・・・」
忘れてたのに思い出しちゃたな・・・と肩を落としている。
絳攸が鼻で笑う。
「お前、歯医者が怖いのか」
「いや、怖いわけじゃないけど」

「でも、あの、治療中の自分の顔がどんな間抜けな顔なのかと考えると、すごく恐ろしいね」
絳攸が箸で掬い上げていた白米を落とす。
「・・・・・・あほか?」
「そこの助手の女性がみんな美人ばかりでさ。鏡がないからわからないけれど、口開けっ放しで、たまに先生にイーってやられたりすると、自分どんな顔してるのかってああ!」
楸瑛が天を仰ぐ。
こいつあほだ、と絳攸は思う。
楸瑛は見た目は非常によろしいが、ナルシストではない。彼は単に醜態を他人に曝すのが嫌なだけだ。
――特に女性に。
「虫歯は自業自得だろう。とっとと行って治してこい」
「うん、そうするよ・・・・・・――でも」
「なんだ」

「虫歯はキスしても伝染らないから安心してね」
それはもうにっこりと。目にした女性全てを魅了するような笑顔で楸瑛が言う。
「~~~!虫歯で死んでみせろこの常春!!」
「あははは、死ぬ死ぬ。その前に窒息して死ぬよ、絳攸」
箸を投げ出して楸瑛の頸を絞めにかかった絳攸だが、何故か楸瑛は一向に苦しむ様子がない。
そして諦めて怒りの発散が出来ず憤慨した様子の絳攸に、楸瑛が「ごめんごめん、これ食べる?」とヨーグルトを差し出す。
それを絳攸はひったくるようにして取り、猛然と食べ始めた。
楸瑛は楽しそうにその様子を眺めている。

<ごろっと果実・蜜柑とグレープフルーツ>
果実が元のかたちを残して作られた――その、咀嚼が必要なヨーグルトが実は、最初から楸瑛が自分で食べるつもりの物ではなかったと、絳攸は気づいたかどうか――。

世界の中心は砂漠にも似て 

石造りの廊下に座り込み、ぼうと霧雨にかすむ庭院を眺める。庭院といっても、殆ど人が通らないこの路のそれは特に何か美しいというものではない。昼間だというのに薄暗い雨昊の下、背の低い常緑樹が数本、まばらに植わっているだけである。
時々、風向きが変って頬に細かな雨粒が当たるのが不快だったが、落ちつけてしまった腰を上げるのは酷く億劫だった。
石の床は冷たくて、衣越しにもそれがじわりと這い上がってくる。地から伸びてきた視えぬ腕が自分を抱きすくめてしまったようだった。
雨音はない。
人の声もしない。
その静寂は、半透明な水膜が世界と自分とを断絶させたかのように思わせた。
まるで自分が世界から切り離された存在のようで、もしこのまま消えてしまっても、何ら変わることなどないような気がした。

 ――寒い。

 冷えきった身体、湿った衣。いくら膝を引き寄せ、抱いても温かくはならない。しかし、貧相な己の身にはそれが相応しいようでもある。

――いっそ、このまま雨に溶けてしまえたら

――世界の一片となれるのに。

 誰にも疎んじられず、拒まれない。顧みられることもないかもしれないが、ただ、空気のように愛するひとの傍に寄り添っていられたら、それで良かった。
  優しい微笑み、温かな手。与えられたのはそれだけだったと思う。だが、それ以上の幸福を自分は知らない。
 
あいたい。

 大地を流れる河のように、昊を奔る雲のように、自由に世界を駆けて会いにゆき
たい。紫色の鎖など断ち切って。願いは、たったひとつ。

「あにうえ・・・」

呼び声は水の蓋布に阻まれ、届くはずもなく。
ただ寂しく自分の胸に還ってくるだけだった。

ある日の朝議

「――で、その李官吏の謹慎明けの処遇についてですが――吏部長官不在の――」

 くあ、と工部尚書、管飛翔は欠伸を噛み殺している。
  王のもとに四省六部の長その他諸官が集まる朝議の場である。とはいえ、兵部尚書は欠席、侍郎は空席。戸部と工部は侍郎がひとりずつ。吏部に至っては長官も侍郎も現在空席という悲惨な出席率だった。
  その中で進行役の一人が滔々と議案を読み上げる。

「彼の配属先について提案はありま――」

 その言葉が終らないうちに、すっ、と所作も美しく挙げられた手があった。
  早朝の議場。眼が覚めたというように衆目が其処に集まる。
「ど、どうぞ、黄尚書」
  朝から奇妙な仮面に視線を送られ、ぎょっとしたように進行役が発言を促したのは戸部尚書、黄奇人。
「李絳攸の配属先が決まっていないのなら、戸部が貰い受ける。うちが人手不足なのは周知だろう」
  彼の後ろで景侍郎が激しく頷いている。その場にいた大部分の官吏は呆気とられて戸部組を見た。
  ――李絳攸が有能な人物であることに間違いはない。しかし、彼は侍郎職から降格、現在謹慎を命じられた問題人物である。長官自らの招請など破格の待遇が過ぎる。
「待って下さい」
  其処に挙がったもう一つの手。
「部門責任者の希望が通るのなら私も立候補させていただきます」
「尚書令だ!」誰かが思わずといった体で漏らす。
「――人手不足はどこも同じ。遠慮はしません」
  にっこりと鄭悠舜が奇人に向かって言う。
「早いもの勝ちではないのか?」
「おや、戸部尚書ともあろう方が御冗談を」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
  笑顔の尚書令と仮面の戸部尚書が無言で対峙する。
  その場にいた者は皆、気温が真冬並みに下がるのを感じた。誰も微動だにできない。
「――いってェ!」
  そこに、均衡を破った声がある。
「何すんだ陽玉!」
  一斉に視線が“其処”に集まった。
「何じゃないですよ!寝惚けてんですか!あなたも手を挙げるんです!」
  辛うじて声を殺していても、静謐を極めた堂内ではダダ漏れだった。
「うちに要るか?」
「要りますよ!個人の性質はともかく、彼の能力があれば仕事の効率が倍以上に上がること必至です。早く帰れますよ!」
  本当にダダ漏れだった。
「・・・・・・そうかあ?――じゃあ」
  うちも、と工部尚書管飛翔が手を挙げる。
  其処に非常に嫌な緊張感を持った三角形が出来上がる。その時、そういえば、と多くの官吏が思い描いたことがあった。
(この人達、“悪夢の国試組”じゃん・・・)
  触らぬなんとかにタタリ無し。内心でうちも手を挙げようかと思い始めていた他の管理職達はあっさりと諦め、早々に朝議が終わることを願った。
  しかし――

「待った!」
  さらに新たな声が上がった。しかも――
「そなたらの話し合いで決まるのが一番だと思って黙って聞いていたが、余も意思表示だけはさせてもらうぞ!」
  玉座の上で国主紫劉輝がはいはい、と手を挙げている。
  その時、あの悪夢の国試組に割って入るなんて勇者だ――と感動した者、七割。
  霄太師はのんびりと髭を撫でている。
「いや、絳攸どのは愛されてますのお」
  違うだろ、なんか――と内心でつっこんだ者、二割。
「主上は花をお授けになったでしょう?」
  悠舜が笑顔を湛えたまま王を振り返る。見る者が見たら、それこそ凍りつくような笑み。
  だが劉輝は、目を逸らさずに意気を込めて言い切った。
「もちろん!余の信頼は変わらん。だが、あんまり忙しい部署に異動になってまた構ってもらえなくなるのは避けたいからな!」
  かま・・・?と首を傾げた者、六割。
  だが、悠舜は先ほどとは打って変わって嬉しそうに顔を綻ばせた。劉輝はそれに頷いて、高々と言い放った。
「書記!余のこともしっかり記しておくのだぞ!では、今日の朝議はここまで。続きは臨時会議、もとい絳攸争奪戦を開く。以上解散!」

その宣言を聞いて、冠を床に投げつけたくなった者は――実に九割を超えたという。

さて、そんな事実があったかどうかは
――待て、新刊。

 

<おまけ>

 シャランシャランと、冠に下がった連珠が涼しげな音を立てている。
  朝議を終え、工部へと戻るその途で飛翔がぼそりと言った。
「・・・・・・気ぃなんか遣わなくていいんだぜ?」
  その後ろを歩いていた玉は、思わず顔を上げかけ、そして聞こえない振りをした。
 耳元の音が五月蠅いからだと、そう自分に言い聞かせて。

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