「しゅーえーくん、いーれーてー!」


  楸瑛と劉輝が休憩をと、木陰で一息ついたところだった。
  そんな幼い子供が遊びの輪に入ろうとするときのような口上とともに現れたのは。
  ――泣く子も黙る、黒白大将軍とその部下である近衛の精鋭、羽林軍の兵士たちである。
  その異様な光景に、思わず絳攸が茶器を落としたとしても、誰が責められただろうか――

「宋太傅が、主上たちが剣稽古してると言うので、若いもんたちに見せてやりたいと思いまして」
  右羽林大将軍、白雷炎がにこやかに言う。しかし、楸瑛にはその笑顔が凶悪なものにしか見えない。
  連れて来られた兵士たちは、国王に向かって蹲拝の礼をとっている。
「い、いや、白大将軍。申し訳ありませんが我々は今それを終えた所でして……」
  楸瑛は拱手を解き、それまで手にしていた手巾を掲げて見せる。実は、休憩したらあと一合――と劉輝と話していたのだが……びしばしと感じる嫌な予感にそれを諦めることを楸瑛は即断した。
「そ、そうなのだ。それに、楸瑛はともかく、余の剣など見てもあまり勉強にはならないと思うのだ!」
  劉輝も何か感じ取ったか、楸瑛の援護をする。そんなことない、と言いかけた白大将軍に、劉輝はさらにたたみかけた。
「それに、そろそろ公務に戻らないと、絳攸に怒られてしまうからな」
  両大将軍が、劉輝の背後にいる絳攸に目をやった。絳攸はすでに冷静さを取り戻しており、略式ながらも丁寧に立礼する。
「折角ご足労頂いたのに、申し訳ありません」
「いや、こちらこそ勝手にやって来て申し訳なかった」
  雷炎がペコリと頭を下げる。
  楸瑛は内心で息をついた。
  ――もし自分だけだったら、両大将軍に押し切られていただろう。
  官吏である絳攸と大将軍たちには直接の関係がない。お互い敬意を表すことはあれど、忠節を誓うあいだでは無いのだ。だから、両大将軍たちは、絳攸にごり押しをすることができない。
  此処には最高権力者である劉輝もいるのだが――彼はとても優しいので、こういうときには当てに出来ないと楸瑛は思っている。

「しょうがねえ!野郎ども引き上げるぞ!」
白大将軍の号令に、兵士たちが立ち上がり引き上げて行く。がっかりした様子のその面々を見ながら、絳攸は何か胸に引っかかるのを感じた。
(さっきは皆、顔を伏せていたから気づかなかったが――)

 なぜ、わざわざ宋太傅は羽林宿舎まで行ったのか。

「お待ち下さい!」
  大将軍たちが一斉に振り返る。絳攸はできるだけ笑顔に努めて言った。
「やっぱりやりましょう、剣稽古」

「なんでこうなるんだ!」
「やかましい!主上、本気でどうぞ!頑張って下さいね!」
  楸瑛が悲鳴を上げるように叫ぶのに、両大将軍に並んで仁王立ちしている絳攸が一言で斬って捨てる。
「うむ、ではゆくぞ楸瑛!」
  彼らは再び、庭院の中央に立っていた。兵士たちの注目の中、なぜかやる気満々の国王。――彼は期待されると頑張れる男だ。
「はあ……しようがないな……」
  楸瑛はまず劉輝の一撃目をかわすために、剣の柄を握り直した。

  繰り出される多彩な技、すべるような足遣い、跳躍。舞を舞っているかのように思えば、その剣の切っ先に込められた気迫に見ている者が圧倒される。 
「すごい……」
  思わず漏れたというような声に、ちらりと絳攸は目をやる。
  それを見つめる若い――きっと絳攸よりも年少の――兵士たちの頬は紅潮し、その瞳は興奮に輝いていた。
  見目も麗しい王の、剣を振る姿が彼らを魅了したのは一目瞭然であった。

「感謝します」
  低く囁かれた声は左羽林軍大将、黒耀世のもの。希少な彼の発言に若干驚きながらも、絳攸は首を振った。
「いえ、お礼を言うべきはこちらです。そうでしょう?」
  劉輝と楸瑛の剣戟は続いている。
「若いやつらにはイイ経験になります。自分の護るものが何か知っているやつは、強くなる。こればっかりは、俺たちがどんなにケツを叩いてもどうにもなりません」
  雷炎が嬉しそうに、兵士たちを見ながら言う。
  宋太傅と同じ目だ、と絳攸は思う。そして自分は瞠目した。

「――ですが、結局は主上が援けられるのです」

 

「でもなんか」
「はい?」
「ウズウズしてきますな」

 そして――我慢しきれなくなった両大将軍が乱入するのは間もなくのこと。しかし、彼らは割と場をわきまえていたので、その的は藍楸瑛に絞られた。
  そのおかげで突如として蚊屋の外に追い出された国主紫劉輝は、同じく所在なさげにしている王国の未来を担う若き兵士たちとの歓談を果たし、その親しみやすい人柄で、さらに彼らからの尊敬を集めるのだった。

 そしてそして――嵐が過ぎ去ったのは、その陽が地平に消えようかという時分であったが、いつの間にか姿を消していた李絳攸が戻ってきて(彼は府庫でおのれの仕事をしつつ、卲可とお茶をしていた)、有無を言わせず劉輝と楸瑛を執務室に引き摺って行ったことは、誰も知らない。


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