昔は良かったと言えば、お前は年寄りの科白だと笑うのだろう――
櫂瑜が州牧として訪れてからの日々は刺激的だった。
その頃の黒州は、王の跡目争いの余波を受けてならず者達が界隈を跋扈し、治安は混乱を極めていた。中央から派遣された役人たちは何の役にも立たず、黒家の者としてその回復に当たろうとしたが、武家の名門としての威光だけで押さえつけようとするやり方は何の解決ももたらさなかった。
――しかし、自分たちはそれ以外の道を知らなかったのだ。
そんな時に現れたのが、既に名官として彩雲国に名の知れ渡る櫂瑜だった。
そして数々の革新を断行していった。
櫂瑜は女性にこそ物腰柔らかに接するが、男には本当にズバズバと遠慮なく物申してきた。――特に黒家の宗主たる自分に対しては。
『全黒州の有力者を即刻招集してください。貴方にもそれくらいなら出来るでしょう』
『この冬は木材の外への輸出を控え州内の需要に当てます。何のためか分かりますね?』
『武門の誉れ高い黒家が、遠游の治安回復のための資金提供を渋るなんてまさか』
どうにも彼の掌の上で踊らされているような気がして、それに従うしかない未熟な己が悔しくて、いい年した大人が改めて一から政治の勉強を始めたものだ。
それでも、彼には到底及ばなかったけれど。
憎らしいくらいに舌と頭の回る爺は、しかし、その手腕でこの黒州を確実に建て直していった。
ある時、それを仙術のようだと言ったことがある。確か秋の収穫の見分に行った折だった。
そうしたら、本物の仙人を見たことがあるのかと、鼻で笑われた。(じじい…)
――そして櫂瑜は、豊作に喜ぶ人々と地平を埋める金波を眺めながら、言った。
『仙術などではない。本音を言えば、貴方無しでは此処まで出来なかっただろう。奇跡のように見えたのならそれは貴方の力でもある。神仙に頼らずとも、人の力の偉大なることだ』
黒州の再建のために奔走した日々は、けして愉快な思い出ではないが、それでも、まばゆい光を放って今なお己の心の中に在る。
男は、軒の中から遠游の街を見やった。
(お前が居た頃そのままに、この街は美しい。
ただお前がいないことだけが、流れる時の戻らないことを私に突きつけるのだ)
玄天に花
彩雲国現国王紫劉輝が進退問題に決着をつけ、その玉座を盤石なものにしてから一年が経ったある日、黒州府から貴陽へ速文が届く。
それは、黒一族が中央政府に向けて武力蜂起したとの報せだった――。